1日1本のアニメ映画を要求する!

嫌いな小説は森絵都の「カラフル」

291.どうにかなる日々 D

概要:志村貴子によるオムニバス作品の映画化。レズビアンの女性が元カノの結婚式に呼ばれて別の時期の元カノとくっつく社会人女、恋した生徒にふられる教師、AV女優のいとこの部屋に泊まる小学生、その続編の横恋慕。
感想:志村貴子は青春の一瞬のほのかなあたたかさを切り取るのがうまい作家で、それに間の取り方がしっかりした監督がつけばまぁこれくらいの出来にはなるだろう。声優もプロだし。それだけ。原作順守という信仰に縛られすぎていて得られるものがまったくなかった。だったら原作見るよ。

290.パーフェクトブルー C

概要:落ち目のアイドルが望まぬ転身を遂げつつ、ストーカーに悩まされる話。1997年、今敏の初の監督作品。
感想:1997年はストーカーが非常に新しい犯罪だった。淫夢の「ストーカー(スマブラ)」という作品の冒頭でも長い説明が入るが、それくらいまだ新しい概念だったのだ。…あのジィィィって音が分かんないホモガキが多くてちょっとショックですね、使い捨てカメラ膝に当てて光らせたりして遊ばなかった世代か…。
そんな中で、友好的だが親身ではない周囲の大人、親切を向けてくれるのは不気味(=ブサイク)な人間ばかりという人生の詰めろを描きつつ、どこまで本当かが分からないという今敏お得意演出が入る。全体的に生々しいぬるさがあって常に不快で、だからこそ嫌な恐怖を常に感じられる。そして1997年の世相が生々しいざらつきを伴って描かれていて、それだけでも耳すま的な映像資料の価値はある。
ただこれは俺の意見なんだけど、この時代の今や庵野の映画って「そう思うならそうなんだろう」という、真実を考察させるシナリオが多かったのだ。俺はこの時期のオタクの考察という名の「視野の狭い社会不適合者による決めつけ的な作品解釈」の置き土産にめちゃくちゃに苦しめられた世代なので、とにかくこういう流動的な作品がイヤなのだ。エヴァにハマらなかった理由もそれだし、オールドエムブレマーだが聖戦厨だと分かった瞬間相手と縁を切るくらい嫌い。なんでかっつーと、あいつら自分の意見を守るためにやたら攻撃的になっていくんですよね。
そういう冷めたタイプの人間なので、この手の「真相はあなたが決めればいい」という演出をされると「評価も俺が決めていいよね?」となってしまう。この作品は比較的わかりやすいんだけど、正直こういう作品作りの姿勢は嫌ですね。

289.マイマイ新子と千年の魔法 B

概要:昭和30年の山口県防府市、国衙周辺。教師だった祖父にかわいがられた小学生の新子は、祖父に「ここはかつて周防の国と呼ばれ、今の麦畑の下には千年前の街がある」と聞かされた。夢見がちな新子は空想の中で同じくらいの年頃のお姫様、諾子を想像し、彼女はどのような生活を送っていたかに思いを馳せるが、現実を生きる大人たちにいつも邪魔をされてしまう。
新子はお金持ちの転校生、貴伊子と仲良くなる。さらにクラスの男子であるシゲルやタツヨシといった少年たちと、桑畑用の水路をせき止めて迷い込んだ金魚を飼って、自分たちの女教師の名前である「ひづる」と名付けてかわいがる。タツヨシは巡査である父親の木刀を持ち出して探検隊を先導したり、どこか足りなそうなシゲルも飼っているカメをシェアしたりと、ばらばらだったクラスメイトは次第に仲良くなっていくのだった。
ひづる先生が寿退職をすることとなり、新子たちは自分たちの持つビー玉や花などを水路に飾って彼女たちなりに祝うが、翌日金魚のひづるは死んでいた。新子は祖父に聞いた「千年前の魔法」の話を信じて金魚が蘇ることを祈って遺跡の記念碑前に埋め、戻ってきたひづるを探すが、見つかるはずもない。教師のひづるの方も結婚相手がすでに既婚者で騙され、今更引き返せないので望まぬ結婚をすることになったという話を聞き、暗澹とした空気の中で新子たちはばらばらになり始める。弱気になった新子はタツヨシに鼓舞されるが、その日の夜にタツヨシの父親が首つり自殺をした話を聞かされた。
今度は新子がタツヨシを鼓舞し、小学生の身でタツヨシの父親を追い込んだ悪女を殴るべく歓楽街のバーへ行く。しかしタツヨシの父親に借金を背負わせた女は、自殺の報を聞くと大泣きしてしまう。殴るに殴れなくなったタツヨシはその場にいたヤクザに仲裁され、サイダーを奢ってもらい、思い出話を聞かされる。生前の父親と仲良くできなかったことを悔やんだタツヨシは、親戚に引き取られるにあたって「俺は子供と仲良くして、ベーゴマの削り方やタコの脚の直し方を教えてやる」という目標を語った。その日の夜、偶然水路で金魚を見つけた新子は、貴伊子とともにそれを眺めた。
冬も終わる頃、新子の祖父も亡くなった。その春、新子一家は父親の勤務先の街に引っ越すことになり、リーダー格不在でもすっかり打ち解けた貴伊子たちに見送られて旅立つのだった。
備考:マイマイとは山口地方の方言で「つむじ」のこと。新子はつむじの位置がおかしいので髪形が特徴的で、これゆえに「マイマイ新子」である。

感想:いわゆる「となりのトトロ」とか「おもひでぽろぽろ」の時代の話。「小学生の無力さ」とでもいうのか、リアリティの部分に置いた軸足を決してずらさないという話。元が小学生向けの読書感想文用によく使われるような話(窓際のトットちゃんとかの系譜)というのもあって、たぶん見る人が見ると相当退屈だろう。昭和時代の価値観をうまく形にしてあり、「階段を初めて見た」とか「色鉛筆をぼきぼき折るクソガキ」とか、その辺のざらつきがなかなかすごい。人肌にぬくもった椅子みたいなリアリティがあるので、キツい人はキツいかもしれない。
そしてその退屈さやキツさを「空想のお姫様」のパートでうまくごまかしているのだが、やや唐突で行ったり来たりなところがあり、そもそも想像なのでちょっと都合がよすぎるかなー、みたいな感はぬぐえなかった。
ただこの映画、刺さる人には相当刺さるようでめちゃくちゃ評価が高いのだ。小規模に上映されたが、刺さった人が熱烈なファンコールを送って有名になっていったという、「時をかける少女」みたいな作品なんだそうな。ちなみに製作はどちらも同じマッドハウスである。
実際見てて「これは好きな人は好きかもなあ」と思った。昭和30年という世相を、「オトナ帝国」や「三丁目の夕日」のように美化せず、「ちびまる子ちゃん」や「サザエさん」のように簡略化もせずに突き付けてきながら、そこに暮らす小学生がささやかな希望と無力な絶望の中で、時代や社会という大河に浮かぶ木の葉のように生きていく。そこには奇跡も魔法もありゃしないが、人間がそうやって大人になってきたという足跡のようなものがある。「紅の豚」のEDに出てくる、「あの日のすべてがむなしいことだと そんなこと誰にも言えない」という歌詞に説得力を与える映像とでもいうのかな、本当に他人が見れば無価値なことが人生に大きな打撃を与えるという、その瞬間と成長の話なのである。「親を恨んでも人生が変わるわけじゃないんだから」と言われているような、そういうほっこりとする話だ。
ただこの話って、いわゆる「毒親」みたいなのが出てこないから成立しているなあというところもあるわけで、そこはまぁ結局「オトナ帝国」「とべとべ手巻き寿司」とかと同じで、恵まれた人間の話かな、って感じは否めなかった。まぁ「AKIRA」に出てくる不良どもがこんなことしてても感情移入できないけどね。
あとガス式の冷蔵庫というにわかには信じがたいものが出てきたので、先日小平市と西東京市の境あたりにある「ガスミュージアム」に行って現物を見てきた。気化熱を利用して冷やすものらしい。考えるもんだねぇ。

288.劇場版 モーレツ宇宙海賊 ABYSS OF HYPERSPACE -亜空の深淵- C

概要:モーレツ宇宙海賊の後日談。マリカが狙われた謎の少年「無限彼方」を保護し、彼が自分の意志で道を決められるようにするお手伝いをする話。
感想:あれ、昔見たはずなんだけど全然覚えてないな…。女子高生がわちゃわちゃやる、設定はそれなりにシリアスだけどコミカルな萌えアニメです。
アニメってのはこういうのでいいんです、こういうので。でも決して雑な作り方ではない。女の子のかわいさ、若さ、無鉄砲さ、そういういわゆる「萌え」のブームを大々的に野火のごとく広めていったのが佐藤監督なわけですよね。
アニメってのはこういうのでいいんだ、って感じですごく安心感があります。外連味の強いアニメ見てたからかも。

287.機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness- C

概要:アニメの後日談。木星連合のクーデター未遂を止める。
感想:んにゃぴ…(ナデシコを「なぜなにナデシコ」とホシノ・ルリのエロ画像以外で見たことがない)
結構コミカルな作品だなーと思ってたけど、原作はもっとコミカルらしいですね。
ただこの独特のテンポというか、設定の合理性にたいしてアニメ的な視覚効果を持ち込んでいる独特のさじ加減が面白くて、でかい文字(それも日本語)で色々書かれてたりってのは当時の萌えアニメ感があっていい。
次のモーパイ劇場版も含めて、佐藤竜雄は「萌えアニメ」のさじ加減がかなりうまいなあと。時代は感じるが、僕はこの時期の味付けがちょうどいい。今はちょっと媚びすぎたり記号的すぎてどうも受け付けねぇのよ。

286.映画 妖怪ウォッチ シャドウサイド 鬼王の復活 C

感想:鬼太郎のゲスト出演とかもあって飽きずに見れる作品。
ところで俺はこれが初めて見る妖怪ウォッチなんだけど、ジバニャンってこんなオッサン臭い感じのキャラだったっけ?
また別の妖怪ウォッチを見たときに感想を補強しようと思います。

285 BLUE GIANT S★

あらすじ:仙台からジャズのために上京してきた、ほぼ独学のサックス吹きの宮本大。同郷の士である玉田俊二の家に転がり込んで、「ジャズをやる」以外にとりたてた目標もなく生きていたが、あるジャズバーの女店主の目に留まり別のジャズバーを勧められる。そこで同年代のジャズピアニスト、沢辺雪祈の演奏に衝撃を受け、ともにバンドを組もうと誘うが、雪祈は下手な奴と組んでも仕方がないと突っぱねる。しかし大の演奏を聴いてその才能を認め、ジャズバンドを組むことに合意。そうなるとドラムが必要になるが、大は俊二を誘ってドラムをやらせる。ド素人がドラムをやることに不満だった雪祈だが、そのひたむきで熱意溢れる態度と「最初はだれでも素人。音楽をやりたいと本気で思う心を邪魔する権利はない」という大の熱意に押され、雪祈も作曲を行いつつ俊二にドラムを教えていく…。これは天才的な素質と向こう見ずな性格の大、有り余る技巧を持ちええかっこしいの雪祈、2人に比べるとド素人以下だがその熱意で急成長していく俊二の3人のバンド「JASS」が、東京のジャズバンドの頂点「SO BLUE」に最年少で立つまでの1年半の、青白く燃える物語である。
備考:漫画の「上京編」を中心にしてある。原作の漫画は非常に人気が高く、有名なお笑い芸人などにもファンが多い。

感想:すごい。
まずシナリオに臭みが薄くて、それでいながら十全に熱い。こういう映画が令和の世の中に存在すること自体にまず驚いている。
荒々しい音楽を荒々しい映像で引き立てていく演出も華美で、音楽の持つ世界を娯楽アニメーションに落とし込む演出力がすごい。作品が全体的に「ぎらついて」いる。元々原作が「イラストから音が聞こえてにおいが漂う」みたいに言われるほどに相当すごいらしいのだが、時に柔らかく、時にサイケデリックに、様々な技法を使って緩急自在に、ジャズの荒々しい演奏に合わせた荒々しい映像で登場人物の心理を鮮やかに描き出す。この演奏のシーンだけでも全然面白い。バブルとかそばかすが目指すべきだった方向の解答でしょう、これは。
シナリオの臭みが薄いってのはやっぱポイント高くて、この世界は御託じゃねぇんだ、ってのを全力でぶつけてくるわけですね。こういうののド定番はだいたいロックなんだが、ここであえてジャズってのがいいんでしょう。ロックは細分化しすぎているが、ジャズはアニメを見る層には縁があまりに薄いから共感を呼びやすいってのもあるかもしれない。
最終盤のタイトルの回収も見事だ。「青かった」ってのがダブルミーニングになってて、流星とかハラペーニョのような独特の余韻を残す。そしてラストシーンの唐突な終わり方も、人生の通過点の一瞬、って感じがしてこれがまたいいのだ。物語としても面白いのだが、映像美がもうすごいというか、共感覚的なアニメーションの躍動が存在している。
こりゃほんとにいいもん勧めてもらいましたね、ありがとうございます。ぜひ一度見てほしいですね、ミュージックビデオのひとつの形です。